「何がなくなったとしても命だけは見つけることができない」
2011年3月に岩手県の小学校を卒業した女子生徒の、卒業の言葉。
先ほどたまたま見ていたNHKの「震災の記録」という番組。
岩手県のとある校長先生が現在、紙芝居で「震災のときは高台へ逃げよう」というメッセージを小学生に読み聞かせているという。
7年前の3月11日の数日前、岩手県で震度4の地震があった。
津波警報も出た。
普段から避難訓練を実施していたせいか、生徒たちは危機感なくいつも通りのルートを歩いて高台へ着いた。
子どもたちのお喋りは止まらない。
校長が一括。
「これは訓練ではない。実戦だ」
そしてその数日後、大震災が起きた。
その学校の生徒は全員高台へ避難、全員無事だった。
そして3月末に別の場所を借りて行った卒業式で、女子生徒は言った。
「何がなくなったとしても、命だけは見つけることができない」
涙を流しながら、文を読む。
なんとも重たい言葉。
朝からショックを受けました。
「命が何よりも大事だから」
と校長先生は言い、高台へ避難する重要性を子どもたちに伝えている。
卒業の言葉を言った彼女も、もう19歳になっているわけか。
命が何よりも大事だという校長先生の考えが沁みる。
この番組を見て避難の重要性ももちろんなのですが、
言葉の重みというものを思い知らされました。
3月11日の数日前に起きた地震の避難時の映像もあったのですが、
無邪気にくつろぐ子どもたちの顔は今にして見ると恐ろしいものでもあります。
しかし、その時の地震で子どもたちを叱った校長先生の態度は、教育者としてあるべきものだと感じました。
大人だって、「このくらいの地震、どうせ無事だろう」と思いがちです。
ていうかわたしは毎回、今でもそう思ってます。
ですから、釘を刺された思いです。地震はおそろしい、とそれもそうなのですが、
それより何が大切なのか、そして大切なものに対してどう真摯に向き合うか、
そういう姿勢の話だと思いました。
欲張りな人生ですから大切なものは命のほかにもありますが、命あっての物種です。
電子ちゃんも「でんきは大切にね」という前に命の大切さを説かなければいけなかったのかもしれません。
まあ、電子ちゃんに罪はないんだけどね。
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てか、ん!?
くまゆかさんどした???
ちょい心配なったけど、、、(._.)
ん〜大変重くそして身近で大切なことですね、、( ..)φ
追伸
昨日は試演会の名の通り、試演をほんまに感じました( ..)φ
くまゆかさんを観てるとなんだか吉岡と重なってしまうのは
おいらだけでしょうか??
まあ後半まだということなので、、本番どうなっていくのか?
期待して待っとります☆